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【ヨコスカ歴史探訪シリーズ】歴史は海の底に眠る? ヴェルニーの足跡を訪ねて(フランソワ・レオンス・ヴェルニー編 その2)The footsteps of Francois Leonce Verny, No.2

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English to follow.

 

 前回、横須賀製鉄所(造船所)が建設されるまでの歴史を、フランス人技師ヴェルニーに焦点を当ててご紹介しました。今回は、その第2弾として、彼の名の残るヴェルニー公園から眺めることのできるヴェルニーの足跡を見ていきましょう。

 

(前回の記事)
http://yokosukaorigin.org/archives/2592

 

今も現役のドライドック
 トップページの写真は、ヴェルニー公園から眺めることのできる、最も有名な景色ではないかと思います。今はベースの構内となってしまったため、普段は詳細を見ることができないのが残念ではありますが、これこそが、横須賀製鉄所の歴史を今に伝える生き証人でもあります。明治4年(1871年)に完成した1号ドック(写真右側)は、日本で最初にできたドライドックです。その後、2号ドック(写真中央)、3号ドック(写真左側)と、合計3基のドックが造られました。
 驚くことに、竣工から150年近く経った現在もこのドックは使われており、当時の技術の素晴らしさを感じずにはいられません。

 

 ヴェルニーが大きく貢献した横須賀製鉄所は、その後、明治政府に引き渡され、何度かの改名を経て、明治36年(1903年)横須賀海軍工廠となりました。ヴェルニーが基礎を築いた横須賀の造船技術は、その後も発展を続け、横須賀から多くの戦艦が造られていきました。

 

軍港都市のシンボルは、人々の暮らしを支える存在に変身

ショッパーズ・プラザの裏、軍港めぐりの船の左側に注目すると、出っ張っている場所と凹んでいる場所で微妙に地面の形状が異なります。  

 「横須賀にガントリークレーンがあった」と聞いてピンとくる方は、どれくらいいらっしゃいますでしょうか。現在は、港でコンテナを運んだり、造船所で船を建造したりするときに活躍するガントリークレーン(追浜の住友重機械工業でも活躍中)ですが、かつて横須賀の市街地にもガントリークレーンがありました。ヴェルニーが亡くなる1年前の明治40年(1907年)、国産軍艦の建造のため、横須賀海軍工廠にガントリークレーンが建設されたのです。戦前、戦中は、戦艦河内や比叡、陸奥など、多数の戦艦がここで建造されていきました。戦後は、一時的に米軍の管理下に置かれましたが、その後、民間に払い下げられ、輸出船などの建造が続けられました。しかし、老朽化と時代の流れとともに必要が無くなり、昭和49年(1974年)に撤去されました。
 その名残として、ショッパーズ・プラザの裏へ回ると、変な位置にある出っ張りを真ん中に、凹んだ形状をした場所があります。しかもよく見ると、コンクリートの色や地形の様子が若干異なっています。2012年に発行された資料「ヨコハマ・ヨコスカストーリー―二つの港町の戦後文化―」から推測すると、ここにガントリークレーンがあったものと思われます。
 かつては軍都横須賀のシンボルがあったこの場所が、時を経て、人々の暮らしを支えるショッピングセンターとして、姿を変えていったわけです。

 

狙い目は大潮で引潮

引潮のときにだけ、うっすらと海底に姿を現します。

 

 もう一つ、軍港めぐりの乗り場から見て汐入駅側に、海岸のごとく、海に向かって凹んでいる場所があります。ここはかつて、潜水艦が造られていた場所であったとされています。土地の形状にその名残を伺うことができるほか、引潮になると、建造した潜水艦を進水させるために使われたと推測される、レールを海底に見ることができます。戦後70年以上が経つ中で、軍都横須賀の歴史は、今も海底でひっそりと眠っているのです。

 

 今回ご紹介した場所を地図に示すと、下のようになります。

 今回は、ヴェルニー公園から眺められるヴェルニーの足跡、そして軍都横須賀の歴史を訪ねました。横須賀にはヴェルニーの残したものがまだまだ存在しています。
 次回は、横須賀市内に散らばるヴェルニーの足跡を訪ねていきます。次回もお楽しみに。

 

The footsteps of Francois Leonce Verny, watched from the Verny park, and the history of the military capital Yokosuka.

 

The No. 1 dock completed in 1871 is the first dry dock made in Japan.
It is regrettable that we cannot see the details of that because now in the Naval base premises.

 

After that, built No. 2 dock, No. 3 dock, then a total of three docks were made.

 

Surprisingly, these dock is still used now even after nearly 150 years since completion, feeling the splendor of the technology at the time.

 

There are still many things left by him in Yokosuka.
Will visit and report Verny’s footprints that scattered in the city of Yokosuka.

 

参考文献
『横須賀案内記』 久保木実・富澤喜美枝・中里行雄・山本詔一 著 横須賀市 2007年
『横須賀こども風土記 上巻』 上杉孝良 著 横須賀市民文化財団 1988年
『ヨコハマ・ヨコスカストーリー―二つの港町の戦後文化―』神奈川県立歴史博物館 2012年
『横須賀ゆかりの歴史上の人物』 横須賀市 2016年

INFO

ヴェルニー公園
住所  横須賀市汐入町1丁目1住所 横須賀市汐入町1丁目1

営業時間  0:00-24:00

電話  046-822-4000

ウェブサイト

 http://www.kanagawaparks.com/verny-mikasa/verny/