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【ヨコスカ歴史探訪シリーズ】 お花見は名水とともに ヴェルニーの足跡を訪ねて (フランソワ・レオンス・ヴェルニー編その3) The footsteps of Francois Leonce Verny, No.3

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 これまで、ヴェルニーが横須賀造船所の設立に大きく関わってきたことをご紹介してまいりました。
 さて、ここで問題です。造船所の運営をはじめ、人間が生活していく上で欠かせないものと言ったらなんでしょうか?

 

 そう、水です。

 

水の流れは、上から下へ…
 横須賀造船所で必要となる水を確保するため、ヴェルニーは横須賀市走水(はしりみず)の豊富な湧水に目をつけました。ここでさらに問題です。走水から横須賀市本町(ほんちょう)まで、距離はおよそ7キロ。どのようにして水を運んだのでしょうか?

 

 正解は、自然の力を使って水を運びました。走水水源地から横須賀造船所まで、わずか10mという高低差を利用し、非常に緩やかな傾斜を設けた水道管で水を流れさせていきました。

 

水源地近くにあるレンガ造りのトンネル(走水ずい道)は、水源地から造船所までの導水管のために掘られたものです。はじめは高さ1.5mほどだったようです。

 

 明治9年、最初の水源である伊勢町(いせまち)水源から横須賀造船所へ向けて送水を開始しました。その後、横須賀市などが整備した水源なども加わり、現在は4つの水源から日量2000㎥もの水が湧き出しています。

 

 しかし、なぜ走水でこんなにも豊かな水が湧くのでしょうか?

 

その詳細は明らかになっておらず、防衛大学校のある小原台にしみ込んだ水であるとか、三浦半島最高峰の大楠山やその南東にある武山から来ているとか、さらには丹沢や富士山からの地下水脈であるとか、いろいろな説があるようです。しかし、走水の地名は古事記や日本書紀にも見られ、水が豊かな地として、古くから人々の暮らしがあったことを伺うことができます。

 

市民とランナーの憩いの場に

取材時は開花が始まったころでしたが、このあと一気に満開になったのが、2018年の春でした。

 

 走水水源地は、周辺の環境保護、水質保護のため、普段は立ち入りが制限されています。しかし、桜の名所であるここは、毎年3月末から4月はじめに、一般開放され。見事な桜の花々を見ることができます。

 

水源地の横には水栓が設けられ、水を飲むことができます。

 

 送水を始めてから140年余り、走水の水は今でも人々に親しまれています。走水周辺は、景観もよくマラソンをするには絶好の場所であり、ちょうどよい給水ポイントになっているようです。

 

 これまで3回にわたって、横須賀造船所をはじめ、横須賀の発展に大きく関わったフランソワ・レオンス・ヴェルニーについてご紹介してまいりました。このほか、走水より少し先の観音崎灯台も、ヴェルニーが建造に関わりました。汐入から海に沿って観音崎を目指し、今なお残るヴェルニーの功績を巡りながら、横須賀の歴史に詳しくなるのもいいかもしれません。

 

In order to secure the necessary water at Yokosuka Shipyard, Verny focused at the spring water in Hashirimizu.
7 km distance to the factory, they made gentle slope pipeline by taking advantages just 10m altitude difference between the source and factory, then started supplying a plenty of water.

 

At Hashirimizu, 2,000 m3 of water is sprinkling daily from four water sources.
Although it is not certain why so rich water will flow.
The name place “Hashirimizu” is written in Japanese ancient note and book.
Looks, there has been very famous place as source of plenty of water.

 

参考文献
『横須賀こども風土記 中巻』 田辺 悟 著 横須賀市民文化財団 1988年
『鎌倉・三浦半島おもしろ地名考』 三浦一男 著 多摩川新聞社 1997年
『小学校社会科資料集 第2集』 横須賀市小学校社会科サークル 1978年